KOTOBA*Sphere
- [手のひらに幸せ、つかむ]
- 幼い頃、私の手のひらには小さなほくろがあった。
左手の、ちょうど真ん中あたり。
小さい、本当に小さいものだったけれど、
その存在は白い手のひらの中では目をひいて、
幼い私にとってはいやなものでしかなかった。
- お風呂上りに、よくこたつやなんかでうたた寝をした。
眠り込んでしまうと、父が私を抱き上げて、布団まで運んでくれる。
夢うつつにふわりと体が浮くその感覚が好きで、わざと寝たふりをすることもあった。
大抵は見破られてしまうのだけれど。
- そんなある日のこと、その日も私は、テレビを見ている父と母の傍で眠っていた。
うとうととして、でもまだ眠りに落ちないぎりぎりのところをさまよっていると、ふと父の声がした。
- 「手のひらにほくろがあるな」
- 私の手を見て言っているのだった。
あらほんと、と母が言って、二人が私をのぞきこんでいる気配がする。
私は緊張で力が入らないように注意して、一生懸命に寝ているふりをした。
狸寝入りがばれると、起こされてしまうから。
けれどもそんな私には気づかなかったのか、両親は静かに話をしていた。
母の、トーンを落とした穏やかな声がした。
「手のひらにほくろがあると幸せをつかめるって言うね。
きっと幸せになるよ、この子は」
「そうだな」
なんだかひどく嬉しかった。
- あれからずいぶん時が過ぎて、小さかったほくろはいつの間にか消えてしまった。
その間に、いろんな嬉しいことも経験したし、いろんな悲しいことも経験した。
ほくろが消えてしまったのは、私が幸せをつかみそこなったからだろうか、
それとももうそれを手に入れてしまったからだろうか。
――今はまだ、わからないけれど。
- 手のひらを見ると、ときどき二人の優しい声を思い出す。